グラナート・テスタメント・シークエル
第1話「常世遊戯〜全ては遊戯アル〜」




さあ、再び幕を開けよう。
このささやかな遊戯を終わらせるために。
次の遊戯を行うためには、今の遊戯は終了しなければならないのだがら……。
「暇潰しの遊戯(ゲーム)はもう終わりアルよ〜」
遊戯の操り手が終了を宣言した。



吹雪に隠された城の一室。
「私の勝利だ。約束通り、君は私の物に……」
王侯貴族のような衣装を着こなした金色の長髪の青年は、体中ボロボロになって辛うじて立っているといった感じの女魔導師にゆっくりと歩み寄る。
「…………」
青年の右手が女魔導師の肩に触れようとした瞬間、足下から爆発的に火柱が噴き出し青年を呑み込んだ。
「なあ……があああああああああっ!?」
「火炎地雷(かえんじらい)……やっとかかってくれたわね……」
「貴様、自分を囮に……がぐあああああああっ!」
青年の姿が再現なく激しさを増す火柱の中に消えていく。
「ありえぬ!? この尊厳王(オーギュスト)たる私が……ただの人間に……ぬぐああああああああああああぁぁぁぁっ!」
「バイバイ、オーギュスト……」
女魔導師が背後に倒れ込むのと、『クリフォト6i』オーギュスト・カイツール(醜悪)・ベルフェゴールが炎に灼き尽くされるのはまったくの同時だった。



「まさか、ただの人間の魔導師ごときに負けるとは……」
気を失った女魔導師だけが取り残された一室に、爽やかな印象の青い衣服の茶色の長髪の青年が姿を現した。
「女に誑かされて詰めを誤るとは、オーギュストも存外情けない……あれで我が祖国の偉大なる先達とは……情けなくて涙が出てくる」
青年は倒れている女魔導師の傍まで歩み寄る。
「おめでとう、完璧なる君の勝ちだ。ただの人間が機転で化け物を倒す……こういうことが起きるから、勝負……殺し合いは面白い」
青年は足下で倒れている女魔導師に惜しみない拍手を送った。
「では、勝利の栄誉を手にして、もう思い残すことはないだろうし……僕が送ってあげよう。『向こう』に逝ったらオーギュストによろしく伝えてくれ」
青年は腰からサーベルを引き抜くと、倒れている女魔導師の首筋に当てる。
「眠ったまま逝くといい……安らかに!」
青年は一度サーベルを振り上げると、女魔導師の首筋を刎ねるために一気に振り下ろした。
「……ぐっっ!?」
まるでギロチン(断頭台)の刃のように物凄い勢いで振り下ろされたサーベルが女魔導師の首の直前でピタリと止まる。
「……何? 誰だっ!?」
青年の意志で止めたのではない、強制的に『止められた』のだ
背中に物凄い視線を感じた瞬間、青年の体は完全に硬直したのである。
硬直から解放された青年は、女魔導師の斬首を再開しようとはせず、視線の先を……背後を振り返った。
鮮やかなる紫。
赤紫でも青紫でもない、見事に純粋な『紫』だ。
その輝きはまさに魔性の輝き。
魔性の色たる紫の髪と瞳、そして軍服を纏った少女が部屋の入り口に立っていた。
「……君か……確か、ネツァク・ハニエルとか言ったよね……」
「…………」
ネツァクと呼ばれた少女は無言で、部屋の中に入ってくる。
「丁度いい、お相手願えるかな? 無抵抗な者の首を刎ねるだけではつまらないんでね」
青年はサーベルの先端をネツァクに突きつけた。
「そうだ、手袋でもぶつけようか?」
「不要だ……決闘は受けてやる……名乗れ……」
「『クリフォトの5i』サンジェスト・アクゼリュス(残酷)・アスモデスだ」
「…………」
ネツァクは無言で腰から、紫水晶で刀身のできた剣を抜刀する。
「では、行くぞ、ネツァク・ハニエル!」
サンジェストは一歩で間合いを詰めると、サーベルをネツァクの心臓めがけて突きだした。
ネツァクの魔力を注がれ紫光を放ちだした刀身がサーベルを僅かに横へとずらす。
だが、サンジェストは、ネツァクが反撃に移るよりも速く、捌かれたサーベルを引き戻し再び突きだした。
ネツァクは後ろに下がりながらその一撃も辛うじて捌く。
「ソラソラソラソラソラッ!」
「つっ……」
サンジェストの途切れることのない突きの連打に、ネツァクは後退しながら捌き続けるだけで精一杯だった。
速さだけを優先したデタラメな乱れ撃ちとは違う。
全てが恐るべき正確さで急所だけを狙ってくるのだ。
「はあっ!」
ネツァクは壁際に追いつめられる前に、自ら背後に大きく跳ぶ。
そして、背後の壁を蹴り飛ばし三角跳びの要領で、サンジェストの真上に到達した。
「波っ!」
ネツァクが真下に向けて剣を突き出すと、剣先から紫光が撃ちだされる。
「フッ、剣の間合いから逃れ、飛び道具で遠距離攻撃か?」
サンジェストは床を滑るような足捌きで、降下してくる紫光から真横に逃れた。
「閃!」
ネツァクは着地と同時に無数の紫光の矢を解き放つ。
「フッ!」
サンジェストは迫る紫光の矢を全てサーベルで『突き落とし』た。
「実刃だろうと、闘気の刃だろうと、突きの速さで僕に勝てると思ったのかい?」
サンジェストはネツァクを嘲笑うような微笑を浮かべる。
「くっ……」
ネツァクは認めざるえなかった。
突きの速さを始めとして、剣術の技量だけならサンジェストの方が自分より遙かに上だと言うことを……。
こういう正当な強さは正直予想してはいなかった。
化け物じみた腕力や異常な量のエネルギーによる強さではなく、正当な技術による強さ。
「…………」
「どうしたんだい? まさか、もう負けを認めるとか言わないよね?」
「……いや、私の負けだ……」
ネツァクは紫水晶の剣を鞘にしまった。
「はっ?」
まさかネツァクが本当に負けを認めるとは予想外だったのだろう、サンジェストは虚をつかれたような表情を浮かべる。
「…………」
ネツァクは覚悟を決めたかのように瞳を閉じた。
「フッ、いささか予想外な結末だったが……まあいいさ、心安らかに逝くがいい」
サンジェストは、構えを解き無防備に立っているネツァクに、跳びかかる。
「……終わりだ、サンジェスト!」
ネツァクの紫色の瞳が一気に見開かれると妖しい輝きを放った。



「馬鹿な!? 君達は……やめろ、僕に触るなっ! うおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」
「……断頭台の露と消えろ……」
ネツァクの呟きが終わった瞬間、サンジェストの首が宙に飛んでいた。
少し遅れて、首無しのサンジェストの体が床に倒れ込む。
「それがお前にもっとも相応しい死に様だ、サンジェスト……」
ネツァクはいまだに妖しく光り輝いている紫色の瞳を閉じた。
「お前の勝ち、私の負け……その事実は変わらない……少なくとも剣術においてはお前が数段上だった……」
ゆっくりと再び開かれた瞳はもう光り輝いてはない。
「…………」
クリフォトの5iサンジェスト・アクゼリュス・アスモデスは、ネツァク・ハニエルの瞳の輝きだけで倒されたのだ。
夢幻眼(むげんがん)。
相手に幻を見せ、相手がそれを幻だと否定しきれなかった時、幻を現実の現象(結果)とする力を持つ魔性の瞳だ。
「……さて」
ネツァクは視線をサンジェストの死体から、倒れている女魔導師に戻す。
「このまま放っておくわけにもいかないか……むっ!?」
倒れている女魔導師に歩み寄ろうとしたネツァクは、突然背後を振り返った。
「アイヤ〜、オーギュストもサンジェストもあっさり死んじゃったアルよ〜」
「まあ、王様馬鹿と残酷馬鹿じゃあ、あんなもんじゃない?」
「フン、役立たずな下僕共だ……所詮は元人間か……」
ネツァクの視線の先、部屋の入り口には三人の女性が居る。
一人目は、真紅のドレスを着こなし、長い赤い髪を三つ編みにしている少女だ、
真紅のドレスは、幻想界の東方大陸で『チャイナドレス』と呼ばれる衣服に酷使している。
二人目は、小さな女の子だった。
フリルの大量についた黒い洋服、ウェーブのかかった長い黒髪、黒曜石の瞳、洋服の隙間から僅かに覗く不健康なまでに白い肌以外、全てが黒で統一されている。
最後の一人は、炎のように赤い髪と瞳を持ち、赤い軍服を着こなしている少女だった。
紅、黒、赤……派手な三人組である。
「クリフォトが三人か……少し辛いか……」
ネツァクは軽く息を吐くと、腰を屈め、剣の柄に軽く右手を添え戦闘態勢をとった。
クリフォト10(テン)の城に乗り込んでいる以上、ここで出会う仲間以外の者は全てクリフォトメンバーと考えてまず間違いない。
例え、その理屈がなくても、今視界に居る三人はどこからどう見ても普通の人間には見えなかった。
「うわ、この紫馬鹿、一人でアタシ達を全員相手にするつもりだよ……凄い馬鹿! 馬鹿の中の馬鹿! KING OF 馬鹿っ!」
「女の子だから、KINGじゃなくてQUEENだと思うアルよ〜」
「見たところ一応剣士か……ならば、我が殺ろう……」
「あ、狡いカーディナル!……じゃなくて、こんな雑魚馬鹿、クリフォト・10(テンツ)のリーダーであるカーディナル(枢機卿)・バチカル(無神論)・サタン(魔王)様が手を汚すまでもないわ! このアタシ、『クリフォトの3i』エリザベート・シェリダー(拒絶)・ルキフグスで充分よ!」
「アイヤ〜、ここはこの『クリフォトの7i』銀珠(ぎんしゅ)・ツァーカブ(色欲)・バールにお任せアルよ〜」
「……自己紹介ありがとう……三人まとめて来い……!」
ネツァクの全身から爆発的に紫色の闘気が溢れ出す。
「うわあ〜、この馬鹿調子に乗りすぎ〜」
「愚かな……」
「じゃあ、御希望通りみんなで仲良く行くアルよ〜♪」
三人がネツァクの視界から消えるように散開した。
「ちっ!」
ネツァクは即座に剣を抜刀する。
紫水晶の刃が深紅色(カーディナル)の刃と交錯した。
頭上から降下してきたカーディナルの持つ深紅色の剣は常に紅蓮の炎を刀身に宿している。
「炎の剣……?」
「そういう貴様は魔力の剣か……我が炎で灼き切れぬとはな……」
カーディナルはネツァクの左肩に蹴りを叩き込んで、後方に跳び離れた。
それとまったく同時にネツァクの左側からエリザベートが強襲する。
「つっ!」
ネツァクはカーディナルの蹴りで僅かに体勢を崩しながらも、左手に持ちかえた剣で、エリザベートの突きだしてくる右手と合わせた。
「ぐぅうっ!?」
剣にかかった凄まじい負荷が、ネツァクを後方に吹き飛ばす。
「馬鹿な、なんて腕力……」
無造作に放ったただの掌底にしか見えなかったのに、その威力はでたらめに強烈だった。
無理に踏ん張れば、例え魔力コーティングされた剣は砕けなかったとしても、剣を持つ腕の骨が負荷に耐えきれず砕けていたことだろう。
昔の……吸血鬼だった時のティファレクトと互角かそれ以上の馬鹿力だった。
ネツァクは回転し、吹き飛ぶ勢いを削りながら、足から着地しようとする。
「いらっしゃいませアル〜」
だが、ネツァクが吹き飛んでいく方向にはチャイナドレスとそれと同じ色の妙な帽子を被った少女……銀朱が待ち構えていた。
「アイヤアアアア……」
銀朱は右手と右足を前に出し、飛来するネツァクに向ける。
「くっ……」
ネツァクは何とか体を捻り、振り返ろうとした。
同時に左手の剣を銀朱に対して斬りつける。
「アチョオオオオオオッ!」
ふざけた掛け声と共に、銀朱は体を捻ねると、右足の凄まじい踏み込みと同時に右手を突きだした。
ネツァクの紫光剣と、銀朱の突きだした右掌が激突する。
そして、銀朱の右掌は紫光剣を粉々に打ち砕き、そのままネツァクの左胸に叩き込まれた。



「がはあっ!」
一瞬にして部屋の反対側の壁まで吹き飛ばされて叩きつけられたネツァクは、床に落ちると同時に吐血した。
壁に強打された背中の方のダメージのせいではない。
掌底を叩き込まれた左胸の方のダメージゆえの吐血だった。
「アイヤ〜、心臓が破裂しないで済んだアルか? 丈夫アルね、あなた……いや、丈夫なのはその魔力剣アルか? 殆ど威力を削られちゃったアルよ〜」
「がっ……削られて……この威力だと……ぅ……」
ネツァクは口元の血を拭いながら、辛うじて立ち上がる。
「こちらの世界に来てから……初めてだ……刀身を砕かれたのは……」
紫光剣は魔力を注がれていないただの紫水晶の状態ではとても脆い……その状態ではただの水晶程度の強度しかないからだ。
しかし、魔力を宿し紫光を発している状態の時は別である。
紫光を宿した剣は地上のあらゆる物質を凌駕する破壊力を発揮するのだ。
銀朱はその状態の紫光剣を素手で砕いたのである。
「何よ、もう終わり? つまらないわよ、この脆弱馬鹿っ!」
エリザベートが、ネツァクのダメージの深さを見抜いて、不満を込めて罵倒した。
「フン、当然だ。同じクリフォトと言っても、我ら三人はオーギュスト達とは次元が違う……」
「まあね、オーギュスト達は所詮元人間……でも、アタシは吸血鬼だし、カーディナル達は生っ粋の悪魔だものね」
「ただの悪魔じゃないアルよ。カーディナル様は悪魔王の秘匿集団「Qliphoth(クリフォト)」の長にして、赤の悪魔騎士で赤の枢機卿、悪魔王の唯一人の娘「悪魔王女」……」
「黙れ、銀朱」
カーディナルは銀朱の首筋に深紅色の炎の剣を突き付けて強制的に黙らせる。
「……悪魔の王女……?」
悪魔の王女、それなら強いはずだ。
小さな女の子も吸血鬼なら、ティファレクトを彷彿させる馬鹿力も頷ける。
だが……。
「…………」
ネツァクは銀朱に視線を向けた。
全員と手を合わせて本能的に解ったことがある。
この中で一番強いのは、吸血鬼の女の子でも、悪魔の王女でもなく、真紅のチャイナドレスを着た得体の知れない女だ。
それも自分とは実力の桁が一つ……下手すれば二つは違う。
吸血鬼か、悪魔王女なら一対一なら互角以上に戦える自信があったが、この女だけは一対一でも絶対に敵わないと確信してしまっていた。
一撃で紫光剣を砕き、ネツァクに致命的なダメージを与えた掌底など、彼女の真の強さのほんの一部……例えるなら、氷山の一角のようなものである。
「……魔王(サタン)か……」
魔王という言葉は、悪魔王女よりも、このチャイナドレスの女にこそ相応しく思えた。
「ん、何か言ったか?」
魔王というサードネームを持つ悪魔王女カーディナルが小首を傾げる。
「……いや……悪魔王女と吸血鬼どちらを道連れにするかなと言ったのだ……」
「何!?」
「はあ? 何言ってるのよ、この馬鹿?」
「…………」
銀朱に敵わないと悟ってしまった今のネツァクにできることは、仲間のためにクリフォトを一人でも減らしておくことぐらいだ。
それすらも難しいが……。
例えいまさら、カーディナルかエリザベートに一対一の決闘を挑んで受けてもらえたとしても……銀朱に与えられたダメージのある体では勝てる確率の方が低かった。
それでも……。
「……今できることを……するだけだ……!」
ネツァクは刀身を失った剣を鞘に収めた。
刃の無い剣で攻撃すると見せて油断させ、紫光で作った刃で斬り捨てる。
一度だけなら、この不意打ちも成功するかもしれない……不意打ちなど本来好むところではないが、手段を選んではいられなかった。
「どうするアル? トドメは別に譲ってあげてもいいアルよ、エリザベート?」
「冗談、あなたの一撃でもう半死半生じゃない。こんなの仕留めても面白くもなんともないわよ!」
「……では、我が殺ろう」
カーディナルが真紅色の炎の剣を振り上げる。
「……悪魔王女か……」
ネツァクは腰を屈めて、居合いの体勢をとった。
本来、居合いとは反りのある曲刀でしか行えないものだが、刃の無い状態の紫光剣なら話は別である。
鞘から抜き、相手に届く瞬間に『刃』を作ればいいのだ。
もっとも、ネツァクは普段の直剣の場合でも限りなく居合いに等しい速さで剣を抜刀できたりもするが……。
「来い……私の最後の一閃見せてやる……」
相手を油断させ、紫光の刃による普段と違う間合いで斬る……それで倒せるかどうか……確率は低いが、やるしかなかった。
「では、行くぞ……魂さえ残さず灼き尽くしてくれる!」
カーディナルが駈ける。
瞬時に間合いを詰めると、迷うことなく深紅色の炎の剣を振り下ろした。
「真・紫光剣!」
「何っ!?」
ネツァクの抜刀された柄から紫光の刃が噴き出す。
カーディナルは深紅色の炎を振り下ろしている最中であり回避も防御も不可能だった。
光り輝く赤と紫。
深紅色の炎の刃がネツァクの左肩を切り落とすのと、紫光の刃がカーディナルの銅を一刀両断したのはまったくの同時だった。



「…………」
カーディナルは無言で、己の足下に倒れ伏している左腕を失ったネツァクを見下ろしていた。
彼女の胴体は紅蓮の炎を纏っている。
紅蓮の炎は彼女の体や服を焼くことも溶かすこともなく、両断された上半身と下半身を繋ぐ粘着液のような役割をはたしていた。
「あはは〜っ、油断しすぎアルよ、カーディナル様」
「黙れ……」
カーディナルは殺気の籠もった深紅の瞳を銀朱に向ける。
「あややや〜っと」
銀朱の足下から火炎が噴き出した。
だが、銀朱は態とらしく慌てたような仕草で、危なげに炎から逃れてみせる。
「ちっ……」
カーディナルは舌打ちした。
どうもこの銀朱という女は苦手というか、癪(しゃく)に障る。
自分を見下されているというか、見透かされているような気がしてくるのだ。
「……フン」
カーディナルは体の切断面を紅蓮の炎で焼き溶かすようにして修復させる。
「……まさに窮鼠(きゅうそ)に噛まれた気分だ……とても不愉快だ……未熟な己自身にな……」
カーディナル深紅色の炎の剣を振りかぶった。
「……全て灼き尽くす……」
深紅色の剣が纏う炎が激しさと輝きを増す。
「……往け!」
カーディナルは勢いよく深紅色の炎の剣をネツァクに向けて振り下ろした。
しかし、剣がネツァクに届く寸前、何か二つの物体が飛来し、剣を弾く。
「くっ、誰だっ!?」
カーディナルの剣を弾いたのは、細長く手に握れるくらいの大きさの柄で、両端に尖った三つ又がついている特種な杵だった。
金剛杵(こんごうしょ)等と呼ばれる、幻想界では東方大陸の神々の武器である『仏具』の一つである。
二つの金剛杵は、宙を独りでに飛び回り、部屋の入り口に佇んでいる紫色の少年の元へと舞い戻った。
紫……少年はネツァク以上に見事な紫色の髪と瞳をしている。
「それ以上、僕の未来の妻を傷つけるのはやめてもらえないかい、悪魔王のお嬢さん」
「アイヤ〜、やばいアルね……これ、あなたの『物』だったアルか?」
失敗失敗といった感じで銀朱が言った。
「知っているのか、銀朱?」
「鬼アルよ、鬼! 鬼神アル!」
「……鬼? 鬼だと……?」
「そうだね……では、そっちの名で名乗っておこう……僕の名はラーヴァナ……人は僕を羅刹王と呼ぶ……」
紫の少年……羅刹王ラーヴァナの両手に握られたそれぞれの金剛杵の先端から、刃が飛び出し、逆手に持った剣と化す。
「アイヤ〜? 二刀両斬(にとうりょうざん)じゃなくて、それぞれ片刃だけ……しかも逆手持ち……まさか……カーディナル様! エリザベート! 速くここから退避するアル!」
「何?」
「はあ? 何言ってるのよ、あなた、馬鹿?」
ラーヴァナは二つの金剛杵の刃の出てない方の先端を連結させ、長い柄の両先端に刃を持つ剣『両斬剣(りょうざんけん)』を生み出した。
そして、両手で縦に持ち、前面に突き出すと、柄がさらに上下に伸び、下の剣先が深々と床に突き刺さる。
「いったい、何をする気だ……?」
カーディナルにはラーヴァナのしよとしていることがまったく理解できなかった。
「じゃあ、生きていたらまた会おうアルね、カーディナル様とエリザベート〜」
「はあっ? 銀朱!?」
エリザベートの目の前で、銀朱が被っていた帽子の中に吸い込まれるように姿を消し去る。
「羅刹……」
大地に片刃を突き刺した両斬剣……いや、両斬槍(りょうざんそう)が紫色の煌めきを放ちだした。
紫光の煌めきは、ラーヴァナの姿を隠すかのような巨大な円形の塊と化していく。
「くっ! 何かやばい……」
「見りゃ解るわよ! 戦術的撤……」
「終焉波!」
紫煌(しこう)の閃光が解き放たれ、室内を全て埋め尽くした。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜